１１月７日　（涵育薫陶して其の自ら化するを俟つ）

…………………………………………………………………………………………………………………………… 養の一字最も心を付けて看（み）るべし。 註（ちゅう）に、養とは涵育薫陶（かんいくくんとう）して其の自ら化するを俟（ま）つを謂（い）うなりと云う。 涵（かん）はひたすなり、綿を水にてひたす意なり。 育（いく）は小児を乳にてそだつる意なり。 薫（くん）は香をふすべ込むなり。 陶（とう）は土器を灶（かまど）にて焼き堅（かた）むるなり。 人を養ふも此の四つの者の如くにて、不中不才（ふちゅうふさい）の人を縄にて縛り杖にて策（むち）うち、一朝一夕に中ならしめ才ならしめんとには非ず。 仁義道徳の中に沐浴（もくよく）させて、覚えず知らず善に移り悪に遠ざかり、旧染（きゅうせん）の汚（お）自ら化するを待つことなり。 是れ人の父兄たるの道にして、父兄のみにあらず、人の上となりて政（まつりごと）を施すも、人の師となりて教（おしえ）を施すも、一（いつ）の養（よう）の字を深く味わふべし。 安政二年霜月十一日「講孟劄記」

………………　訳　………………

「養」の一字に最も心をつけてみるべきである。 （朱子の）註に、「養とは涵育薫陶して其の自ら化するを俟つを謂うなり」といっている。 涵はひたすことである。　綿を水でひたすという意味である。 育は幼児を乳で育てるという意味である。 薫は香りを炊き込めることである。 陶は土器をかまどで焼き固めることである。 人を育てる場合にも、この四つのように自然に行うべきである。 中庸の徳のない人、才能のない人を縄で縛り上げ、杖で打ち、わずかの間に中庸の徳をつけ、才能のある人物にしようとするものではない。 そういう人々を仁義道徳の中にひたして、自らは気づかず、知らない内に善に移り悪から遠ざけ、もとから染みついていた悪い汚れが、自然に善に変わっていくのを待つべきである。 これは人の父兄だけでなく、人の上に立って政治を執る上でも、また、人の先生となって教える場合でも、「養」という一字を深く味わうべきである。 ※朱子：1130～1200年。中国宋代の儒学者。朱子学の創始者。